手織り絨毯関連雑学/1月14日

最終更新: 1月19日

ミニアチュールと絵画調絨毯


絹の製法と共に門外不出とされてきた中国の製紙法がイスラーム世界に伝えられたのは、751年、中央アジアの覇権を巡って行われたタラス湖畔の戦いで、高仙芝率いる唐軍に勝利したアッバース朝軍が、捕虜として中国の製紙職人を連れ帰ったことに始まるとされる。


この製紙法紙の伝来により、イスラーム世界では書や挿画(そうが/さしえ)の文化が大いに発展した。

挿画(さしえ)の分野では、モンゴル系のイル・ハーン朝の時代に中国の絵画技法や装飾文様が取り入れられて画期的な発展を遂げ、ウルジャイトゥ(在位1304-16)とその息子アブー・サイードの治世には、16世紀以降に見られるミニアチュール(細密画)の原型がほぼ生み出されたとされる。


その中心の地となったのが、北西ペルシアのヘラート(現アフガニスタン)で、イル・ハーン朝に続く、ティームール朝、サファヴィー朝の初期まで隆盛を極めたとされる。


サファヴィー朝初期の絨毯の中に、狩猟図や動物闘争図、楽園図のような図像を織り込んだ絵画調の絨毯が遺されているが、これらの絨毯の多くは、こうした伝統を受けついできた宮廷のミニアチュール画家たちが関与して製作されたものとされている。


遠近法を用いない平面な描写によるミニアチュール的な絵画調の絨毯は、写実性を増しながもサファヴィー朝後も製作されつづけてきたが、19世紀ガージャール朝の時代に入ると西洋の画法や写実的表現が導入され、これまでの伝統にない新しいタイプの絵画調の絨毯が製作されるようになった。近年においては静物画や風景画、著名建築物、写実的な動物画など、絵画の代用品のような絨毯も数多く製作されている。



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